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February 2005's Archive
今日は、子供たちの死生観に、少なからず影響を与えているであろう「コンピュータの作り出すサイバー空間」が、リアリティー感覚にどのように影響を与えるのかを少し真面目に考えてみましょう。
マクルーハン(Herbert Marshall McLuhan)は次のように述べています。
「どんな時代でも、新しいメディアが登場すれば、種類のいかんを問わず、それ以前のメディアのパターンを身に着けた人々からすぐに擬似のレッテルを張られるであろう」
このことは、私たちを取り巻く環境は、いつの時代もメディアによって構成されるものであって、現実―擬似という対立的な区別はもともと存在しないという指摘といえます。
言い換えると、私たちが抱く非現実感、擬似的な印象は、古いメディアに囲まれた環境にいるものが、新しいメディア環境に接したときに感じる違和感でしかないということです。
例えば、文字を石版に記録している段階、文字を木片や紙に写した版木で大量に流布できる環境になった段階、活版印刷と製本により自由な組み合わせの印刷物が大量に製造できるようになった段階、新聞の普及により、即時的に情報伝達が出来るようになった段階、ラジオやテレビでの伝達手段が普及した段階、そして、CMCなどのニューメディア活用の段階など、それぞれの段階において、私たちは環境の変化を強いられてきた訳ですが、それぞれの初期段階で非現実感、擬似的な印象が生じています。
その度に違和感の克服が繰り返されていくのですが、映画を例にとれば、ベンヤミン(Walter Benjamin) は「映画は知覚の無意識を発見する」 と述べたように、例えば歩き方を、スローモション撮影することにより、私たちは常に見たことのないような映像による新しい感覚を得ることができるということなのです。しかし、それは時間が経つにつれて、いわば「慣れ」によって違和感の克服がなされていくわけです。
このように、メディアが人間のリアリティー感覚を変えるという現象は、決してコンピュータの作り出すサイバー空間の登場が最初ではありませんが、しかし、コンピュータの作り出すサイバー空間の登場によって、違和感の克服が困難になるほど、社会環境、生活世界は劇的に変わりました。
具体的には経験世界の構造変容、生活リズムの変化などが生じているといえます。
生活世界の多元化は、リアリティー感覚の喪失をもたらし、何がリアルか分からない状況を生み出すのですが、スヴェン・パーカーツ(Sven Birkerts)によると、コンピュータメディアの発達によって少なくとも3つのものを我々は失うといいます。
1つめは言語の衰退
2つめは歴史的なものの見方の平板化
3つめは個性的な自我の衰微
です。
「いつの日か、われわれは自分の公的かつ私的な生活を、極めて濃密な《ネットワーク》の中で、また同時に起こる情報の極めて多くの《通信路(チャンネル)》の間で処理することになり、その結果、主観的個人主義の識別について云々することは、ほとんど意味をなくさなくなるであろう」との指摘です。
大澤真幸は、「テレビでニュース解説者の表情を見ていると感情が通じているなどと直感します。その人の顔をにらんでいると、向こうでもこちらをにらんでいるんです。アナウンサーの感情がこちらに伝わってくるばかりでなく、自分の感情もアナウンサーに伝わり、その反応が声に出ます。何か自分を引き付けるものがあり、テレビの前から離れることが出来ない。自分がテレビを見ているのか、テレビが自分を見ているのか分からなくなって酷く混乱してしまう」という統合失調症の患者の事例を出し、正常な人間であっても、テレビに没頭する人が、ふと我に返ったときに何らかの違和感が生じたとすれば、統合失調症患者に通じる体験をしていると指摘しています 。
コンピュータの作り出すサイバー空間での戯れにおいては、別の感覚への自己の分離がテレビよりもさらに明確にこのような起こるかも知れません。
つまり、シミュレーションゲームなどは、コンピュータによって生成された仮想的な状態により別の自己を演じることが前提とされているのですから、本来の自己の持つ現実感覚とは切り離され、メディアと接続されたことによる別の世界の感覚を持ちやすい性質をもつ訳です。
その理由は、コンピュータの場合はテレビのように受動的に見るのとは異なり、能動的に画像や音声に働きかけるからなのです。
井上順孝は、身の回りにコンピュータやインターネットがある中で育ってきた世代の増加とともに、日常の空間とは仕掛けが異なるサイバー空間での戯れが、現実と混同されてしまったり、現実を凌駕する影響力を持つ可能性を指摘しています。
例えば、コンピュータでゲームをしているときに、実際にそのゲームの世界の中にいるかのような仮想体験をする場合、その仮想世界での感覚は、現実に戻ったときには、現実の感覚に戻る(日常の感覚にもどる)のが通常でしょう。
しかし、その経験が積み重ねられて内在化することによって、その感覚が新たなものへ変化することもあるでしょう。特に、精神的に未発達なこどもたちにとっては大きな影響を与えるかもしれません。
このように、新たな感覚様式の枠組みが形成されたとき、私たち、特に子供たちににどのような影響をもたらすのかを検証することが必要であると思います。
(つづく)
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【参考文献】
『複製技術時代の芸術』 晶文社クラシックス ヴァルター ベンヤミン (著), 佐々木 基一 (編集), Walter Benjamin (原著)
『グーテンベルクへの挽歌 エレクトロニクス時代における読書の運命』 スヴェン・バーカーツ/著 船木裕/訳 青土社 1995年
『電子メディア論 身体のメディア的変容』大澤真幸 メディア叢書
『インターネット時代の宗教』井上順孝編集 新書館
2月26日18時25分に種子島宇宙センターから打ち上げられたH-IIAロケット7号機は、無事成功しました。
思い返せば、平成15年11月に打ち上げられたH-IIAロケット6号機は、期待もむなしく固体ロケットブースタ(SRB-A)の分離に失敗し、打上げ約10分後に指令破壊を受けて太平洋の底に沈んでしまいました。
それから一年余りが経過し、その期間限られた予算の中で原因究明と改良が重ねられ、昨日の7号機打ち上げ成功に結びついています。
日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)に充てられる宇宙開発予算は、実にNASAの 1/8、EUの 1/3 に過ぎません。
宇宙開発人員ベースで見るとさらに格差が拡大し、NASAの 1/13、EUの 1/4 でしか無いのです。
そのような事情により、今回の打ち上げには保険すらかけられていないという、まさに背水の陣での打ち上げであり、成功は本当に嬉しいニュースでした。
ロケットの打ち上げは、リフトオフからMTSAT-1R分離までわずか40分。その一時間弱の中に研究開発の殆んどが凝縮されていると言って良いでしょう。
何回も繰り返される実証実験、さまざまなシミュレーション、一つの失敗も許されない厳しさがあります。
さらに、今回の打ち上げでも強風などの気象条件によって日程が延長されてすんなりとは行きませんでした。
けれども、
「人事を尽くして天命を待つ。その人事を尽くした」
「技術者は不安な顔はしていなかった。確かな信頼性を示していた」
という宇宙開発委員会・井口委員長の言葉が、今回の打ち上げを総括していると感じます。
日本の宇宙開発の歴史は、今年で50年目となりました。その節目となる年にH-IIAロケットの技術が確固たるものになる一歩を踏み出したことはとても重要なことだと思います。
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気象衛星(多目的衛星)がエンジン噴射、静止軌道へ移行作業
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050227-00000514-yom-soci
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打ち上げ以降のミッションも順調に進んでいるようです。
関係の皆様、本当におめでとうございました。
追記:私の弟のBlogを下記に紹介します。少しではありますが今回のミッションに関わっていますので。
http://homepage.mac.com/kamenoseiji/iblog/
設置のお世話をいただいた、(株)スカイテックの太陽光発電システム事業3周年、設置ユーザー200軒達成感謝のつどいが横浜で開催されました。
今月の京都議定書発効など、環境問題意識の高まりに併せて、太陽光発電などの新エネルギーが注目されています。
システム設置には、数百万円の投資をするわけですから、何かしらの環境問題に対する貢献を目指すという目的がないと、設置に踏み切れないかもしれません。
けれども、設置した後は、節電意識の高まりなど、発電から得られる電力以上の何かをもたらしてくれるものだと思います。
スカイテックさんには本当に親身になっていただきました。
今回、感謝のつどいが開催され、それに150人以上も集まるということが、会社がユーザーをいかに大切にしているかということを表わしているのではないかと感じました。
縁を広げることが出来る貴重な場を提供していただき、本当に有難うございました。
僭越ながら、少し発表をさせていただきました。

仮想現実はVirtual Realityの和訳として、コンピュータの普及やネットワークの進展とともに近年盛んに用いられる用語です。
けれども、これは「狭義の」意味の仮想現実であるといえます。
ここでの「狭義の」仮想現実とは、コンピュータ上に人工的に構築した環境の中で、視覚や聴覚、触覚を通じて、空間を移動したり、状況の変化を体験したように感じることができるシステムにより作り出されるものをいいます。
それに対して、「広い意味での」仮想現実は、まさに、人間と有史以来密接に結びついてきた概念であるといえます。
ヴァーチャルな世界との関係は、決して近年になってようやく生まれたものではありません。古来から人々は仮面をかぶり、歌い、踊って、聖なる世界を作り出し、それを共有してきたこともその一例です。
さらに、文学や芸術などは、非日常体験を楽しむものであり、物語や作品の中に描かれている世界にのめり込むということは、心の中に仮想世界がイメージされ、その仮想世界で様々な体験をするということです。
この場合は、小説や絵画が人間の心の中に仮想世界を創りだすためのメディアとして働き、創られた仮想世界は、様々な感情を喚起する作用を及ぼします。
文学や芸術に触れたときに生じる仮想的な感覚は、ある意味では一時的な感覚変容によるものであり、それにより持続的な知覚・認識・思考様式の転換を派生させます。
このように、仮想現実はさまざまなメディアを通して作り出されるわけですが、根本的な感覚変容が、文字言語というメディアから、コンピュータメディアへと転換する際に、どのように私たちに影響を及ぼすのか。これはとても重要な研究課題といえるでしょう。
神戸で発生した小学生殺害事件を分析して「子どもたちは『たまごっち』の世界というか、命の通わないゲーム機を中心とした遊びの中で、感情や言葉をぶつけ合い他人の心の動きを感じとる機会をなくしてしまった。今の段階では個人の資質が犯行にどの程度影響したのかはわからないが、このようなヴァーチャル・リアリティー(仮想現実)文化がその背景にあったことは間違いない」 との評論(註1)が発表されました。
その半面、逆に「ヴァーチャル・リアリティー(仮想現実)の生き物で遊ぶ『ポケモン』や『たまごっち』などが、子供たちの目を現実の自然へ向けるのに一役買っている」 と長所を指摘するものもあり(註2)、成長過程の子供に与える影響については研究者により様々な意見があります。
これらを踏まえて、昨年発生した長崎県佐世保市の小6女児事件を受け、長崎県教育委員会が県内の小中学生を対象にした「生と死のイメージ」に関する意識調査を見てみましょう。
この調査結果は、新聞報道では次のように報道されました。
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児童生徒の15%が「死者は生き返る」・長崎県調査
長崎県佐世保市の小6女児事件を受け、長崎県教育委員会は県内の小中学生を対象に「生と死のイメージ」に関する意識調査を実施。「死んだ人は生き返る」と思っている子供は全体の15.4%に上り、小学生よりも中学生の方がその割合が高かったとする調査結果を24日発表した。
調査は、同事件の加害女児(12)の少年審判の決定が女児の特性について「自己の経験や共感に基づく『死のイメージ』が希薄」と位置付けたことを受けて実施。県内公立校の小学4年と6年、中学2年の計約3600人から回答を得た。
「死んだ人が生き返ると思いますか」との問いに「はい」と回答した児童・生徒は小学4年14.7%、小学6年13.1%、中学2年18.5%で、中学生が最も高かった。
その理由についてたずねると、約半数が「テレビや本で生き返る話を聞いたことがあるから」と答え、全体の29.2%が「テレビや映画で生き返るところを見たことがあるから」、7.2%が「ゲームでリセットできるから」と回答した。
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この報道は、明らかに人工の仮想現実感=悪影響という立場で、ある意味偏向されて報道されていると言えます。
↓のブログでそのあたりが分かりやすく書かれています。分析が面白いのでご紹介します。
http://u8.livedoor.biz/archives/13011933.html
ヴァーチャル・リアリティーの生き物がリセットして生き返るから、人間も同じ様に生き返ると思っている子供がいるとすれば、それはヴァーチャル・リアリティーの生き物が悪いのではなく、現実の人間や生物の生死から子供たちを隔離してしまった社会や家庭が悪いというのが私の考えです。
生命の尊さ、死別の悲しみを経験した子供は、きちんとした現実と仮想現実感との区別は出来るはずだと思います。
このことについては、追って考えてみることにします。
(註1)神戸小学生殺害事件『生死の境目見えぬ子ども』安斎育郎(1997/7/28)
(註2)『自然愛も育てます――ゲームが子ども変えた!?』(1998/1/24『朝日新聞』)
所要で福岡まで出かけていました。
昨日、福岡空港から羽田への帰りの出来事です。
搭乗案内も順調に進み、定刻どおりに飛行機は滑走路へ向かう誘導路を進んでいきました。
滑走路に入り、今まさにフルスロットル・・・・という瞬間に、何やら機内が慌しくなってきました。
フライトアテンダントの方々がバタバタと通路を駆け巡っています。
やがて、機内放送で
「お客様の中で、お医者さんか医療関係におつとめの方はいらっしゃらないでしょうか」
とのアナウンスが流れます。
ドラマでは良く見る光景ですが、こんなこともあるんだなぁと驚きました。
患者は少し離れた席に座っていたので状況はよく分かりませんが、やがて2人くらいのお医者さん?が診療を始めました。
20分くらい経過したでしょうか。
「機内に急病の方がいらっしゃいますので、一度搭乗ゲートに戻ります」
と機長からのアナウンス。
機内は、まあ、仕方がないか・・・といった雰囲気が漂います。
当の座席の周りでは、相変わらずフライトアテンダントやらパーサーが動き回っています。
やがて飛行機は空港ビル脇に駐機し、大きなリフトのような車が横付けされました。
「ただいま、急病の方の降機手続きをとっています。携帯電話は機内では使えないため、機体前方にタラップを用意しました。
電話連絡される方は前方出口からタラップに出て通話ください。なお、地上に降りることは法令上禁止さています」
午前便のため、皆さん午後の会議があるのでしょう、機長のアナウンスに、乗客が一斉に機体前方に向かいます。
やがて
「すみません、一度に移動されると機体のバランスがくずれますので、一度戻ってください」
初めから、こういう事態が予測されるから、よく考えて案内すればいいのに・・・と心の中でつっこみながら、そんなことで機体の
バランスがくずれるものなのかということに驚き。
出発予定時刻から40分くらい経って
「降りていただく患者さんの手荷物を2個降ろすため、あと30分ほどお待ちください」
このアナウンスがあって、機内の空気はさらに重くなります。
さらに15分くらい経過した時、いきなり隣の席の男性がフライトアテンダントに怒鳴りつけました。
「患者の手荷物を降ろすのは何故だ!患者だけ降ろして、手荷物は積んだままにして、羽田から荷物を折り返せばいいだろう。お陰で午後の会議がパーになるかもしれない。機長を呼んで来い!!」
まあ、最初の一行は正論として、その後グダグダとフライトアテンダントに大声を張り上げます。
あまりにも五月蝿いので、
「もう、手荷物の降ろしてしまっているし、こんなところで文句を言っても仕方がないですよ」
と私が言うと
「こんな不条理なことがあるか。ちゃんと言わなきゃ、また同じことを繰り返すだろう」
さらにヒートアップします。
「みんな、一生懸命やっているのだし、普段の訓練どおりに手順を踏んでいるのだから、もしその方法に問題点があると思うのなら、こんなところで大声を張り上げずに、本社にでも手紙でも書けばいい」
と私が言うと、声を荒げるのをやめてくれました。
その間フライトアテンダントは付っきりでひたすら謝り続けています。
その後、男性は私の言うことに納得してくれたのか、フライトの間中、便箋に何かをしたためていました。
(分別のある方で良かったです)
よく、交通機関の事故などで、ダイヤが乱れたりして構内が混乱することがあります。乗客たちの一部は駅員たちに詰め寄って文句を言ったりする光景も良く見られます。
けれども、混乱した現場において、そこで文句を言っても何も生まれないし、何も解決もできないでしょう。
係員に無駄に対応を強いるよりも、とりあえず事故処理に集中してもらったほうがずっと皆の(自分のためにも)なると言えます。
とにかく、今日はいろいろな意味で貴重な体験をさせていただきました。
最終的に、出発は一時間ちょっと遅れてしまったのですが、機長が「飛行機の性能を生かしてできるだけ早く到着するようにします」との言葉どおり、約10分ほど遅れを取り戻して、無事羽田に着陸しました。
【追記】
(1)帰ってから改めてサイトを見てみると、
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsasem/sora_tabi_meeting/2001_5.html
当社運航便における急病人の発生
国内線では1000便あたり0.99件、国際線は1000便あたり5.43件。
へぇー、やはり滅多にないことだったんですね。
(2)飛行機を降りる時にフライトアテンダントのかたから自筆のお礼のメッセージカードを戴きました。
丁寧な心遣い、ありがとうございました。
※なお、あくまでも結論は宗門の決定見解ではありませんので予めお断りしておきます。
涅槃会・降誕会・成道会に関する記述のまとめ
| 三仏会という表現は見られない | ||
| 『入衆須知』 |
1263 | 「仏三節」と表現 |
| 『校定清規』 |
1274 | 「仏涅槃・仏生辰・仏成道」とあり、その法要の中に「並同仏忌」とある ⇒三仏忌の混同の一因? |
| 『備用清規』 |
1311 | 仏涅槃・仏生日・仏成道とあり、三つの法要を総称する語は見られない |
| 『幻住庵清規』 | 1317 | 同上 |
| 『勅規』 | 1335 | 仏降誕日・仏成道日・仏涅槃日と呼称 |
| 『大鑑清規』 | 清拙正澄 | 三仏忌の呼称は見られない |
| 三仏忌という表現が現れる | ||
| 『普済寺日用清規』 | 1527 | 達磨忌・永平忌・東洲忌を「三忌」と呼称する (仏忌ではないが言い回しの参考) |
| 『諸回向清規式』 | 1566 | 「三仏忌疏語回向文」の項目あり |
| 三仏忌という表現が広まる | ||
| 『椙樹林清規』 | 1674 | 「二祖三仏忌献粥、並びに五大尊献粥諷経」等「三仏忌」の呼称が散見 |
| 『禅林象器箋』 | 1741 無着道忠 | 誕生会(降誕会)と成道会は忌日ではない |
| 三仏忌という表現の混用の原典 | ||
| 『洞上僧堂清規考訂別録』巻八 | 面山瑞方 |
三仏二祖忌の表現が散見。 「三仏は、誕生仏と、涅槃仏と、成道仏」とされるのみで、「忌」「会」に関する考察はない |
| 『小叢林清規』 | 「三仏及諸祖忌」「仏祖忌及楞嚴會」という表現 | |
| 三仏忌という表現の混用の進行 | ||
| 『永平寺小清規』 | 1803 玄透即中禅師 | 「三仏会」「三仏及諸祖忌」 |
| 『明治校訂 洞上行持規範』 | 1889 | 「三仏会」 |
| 『昭和改訂 曹洞宗行持規範』 | 1952 | 「三仏会」と「三仏忌」が混同 |
| 『昭和訂補 曹洞宗行持規範』 | 1967 | 混同状態。「二祖三仏忌」の記述 |
[参考]
二祖三仏忌考 伊藤 俊彦 宗学研究 第11・14号
三仏忌について 尾崎 正善
tenjin95さんの投稿
他
導き出される結論
|
■三仏忌は三仏二祖忌という短縮形で呼称したものが混用されたものである。 ■ 本義ならば「三仏会」または「三仏節」が適当である。 ・・・・・かも。 |
漢字で「馬酔木」と書くように、馬がこの葉を食べると、痺れてしまい歩けなくなるそうです。
語源を良く調べると、足がマヒする「足癈」(あしじひ)が変化して「あせび」となり、「馬酔木」の字が当てられたとの説もあります。
ピンク色のスズランのような可愛らしい花が並ぶ光景は、とても愛らしいものです。
ピンク色の種類は、園芸種のようです。
茶室前に植えられています。
SOTO禅インターナショナル演奏・懇親会でゲストとしてお越しいただいた中国琵琶演奏の若手女流奏者・邵容(シャオ・ロン)さんが
「アジア交流音楽祭 ASIA HEALING 2005」
日時 2005年3月26日午後6時開演 ・ 27日午後2時開演
会場 ミューザ川崎シンフォニーホール
今月の15日はお釈迦さまが入滅された(亡くなった)日とされています。
この日に涅槃会の特別法要を厳かに行ったりするのですが、このような大きな意味を持つ仏教行事は年に3回あります。
この3つの日を「三仏忌」といい、具体的には次の3つです
4月 8日 釈尊降誕会(ごうたんえ=誕生の日)
12月 8日 釈尊成道会(じょうどうえ=悟りを開いた日)
2月15日 釈尊涅槃会(ねはんえ=入滅された日)
ところが、この日付で降誕会の行事を行う国は日本・中国など大乗仏教の国の一部であります。
これは、例えば釈尊降誕の日を、『ブッダチャリタ(Buddhacarita)』(=『仏所行讃』)の「4月8日」をそのまま太陽暦に当てはめてしまっていてこの月日したとか、その程度の理由だと思われます。
ちなみに、ヴェサック月(太陽暦の5月付近)を元に
降誕会を ヴェサック月の第8日
成道会を ヴェサック月の満月の日
涅槃会を ヴェサック月の満月の日
とする資料もあり、スリランカなどの上座部仏教国のように、ヴェサック月の旧暦15日(満月の日)に三仏忌(降誕・成道・涅槃会)を一度に行ったりする国もあります。
そこで、各国の祝祭日を元に、釈尊降誕の日がいつなのかを調べてみました。
ヴェサック月の日付は太陽暦に直すと毎年変化しますのでご了承ください。昨年の月日を基にしています。
| タイ | 6月2日 | 仏誕節 Wisakha Bucha Day |
| バングラデシュ | 5月3日 | 仏誕祭 Buddha Purnima (月齢により変わる) |
| 香港 | 5月26日 | 仏誕 The Buddha's Birthday |
| インド | 5月4日 | 釈迦誕生日 Buddha Pournima |
| インドネシア | 6月3日 | 釈迦記念日 Libur Hari Raya Waisak |
| 韓国 | 5月26日 | 釈迦誕生日 Budda's Birthday |
| マレーシア | 5月3日 | 釈迦誕生日 Wesak Day |
| スリランカ | 5月4日 5月5日 |
ヴェサック満月祭 Vesak Full Moon Poya Day ヴェサック第二日 Day Following Vesak Full Moon Poya Day |
このように、日本、中国の4月8日のほかに実に様々です。
まあ、こういうことは仏教に限らずキリスト教でもみられることであるわけです。
例えば、キリスト降誕の日は「クリスマス」として12月25日があたりまえと思われがちですが、単にローマ帝国の農業神サターンのサトゥルナリア祭、あるいは太陽神の冬至祭に併せて同じ日をキリスト降誕の日にしただけの理由です。この日を境に昼の長さがどんどん増えていく(=太陽が甦る日)という意味もあるようです。
それまでは、キリスト降誕の日はばらばらで、ユダヤ暦の1月6日とか3月21日とか12月25日とかの任意に行われていたようです。
ということで、お釈迦様にしてもキリストにしても、降誕の月日は分からないわけですね。
そもそも暦自体が違うわけですから、正確な誕生日がいつか(生誕年さえはっきりしませんね)ということよりも、それをどのような心構えで迎えているかが大切になると言えるのでしょう。
さて、先ほど出した祝祭日に見られる釈尊降誕の日の一覧ですが、お気づきのように、アジア諸国では国の祝日として指定されています。
ところが、日本では4月8日が国の祝日に指定されている訳でもありませんし、残念ながらあまり盛大に祝うということもありません。
ほとんどの国で、国の祝日として仏教、キリスト教、イスラム教のいずれか一つ以上の祝祭日があるのと対極的です。
宗教に関わる祝日が指定されていない国は共産主義国家と日本くらいなものでしょう。
その点、インドはすごいですよ。
さすが多宗教多言語の国といえます。(下記は2004年の月日です)
| 1月26日 | 共和国記念日 |
| 2月2日 | イスラム教謝肉祭 |
| 2月18日 | ヒンドゥー教シバラトリー祭 |
| 3月7日 | ヒンドゥ教春祭 |
| 3月2日 | イスラム教新年祭 |
| 3月30日 | ヒンドゥー教ラーマ誕生日 |
| 4月3日 | ジャイナ教教祖誕生日 |
| 4月9日 | キリスト教イースター祭 |
| 4月14日 | ババサへーブアンベーディカル博士誕生日 |
| 5月4日 | 釈迦誕生日 |
| 8月15日 | 独立記念日 |
| 8月20日 | ゾロアスター教新年 |
| 9月18日 | ヒンドゥ教ガネーシャ祭 |
| 10月2日 | マハトマ・ガンジー誕生日 |
| 10月22日 | ヒンドゥー教デュサラ・ラーマ祭 |
| 11月12日 | ヒンドゥー教新年祭ラクシュミー祝福 |
| 11月14日 | ヒンドゥー教新年祭バウビージ祝福 |
| 11月15日 | イスラム教断食明け祭 |
| 11月26日 | シーク教ナナック誕生日 |
| 12月25日 |
キリスト教クリスマス |
参考資料 : フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
他
最後になりましたが、三仏忌の「忌」は、なぜこの字を用いるのでしょうか。
涅槃会は分かるにしても、他の2つは何故?
発達中の低気圧が紀伊半島から関東南部を通過していった影響で関東甲信地方に雪が降りました。
ここ横浜でもうっすらと雪化粧する程度の積雪があり、山門の屋根もご覧の通りとなりました。
昨年秋から、平日は東京の職場まで通っています。
その話しはいずれするとして、今日、帰宅すると大きな段ボール箱が届いていました。
差出人を見ると、読売新聞。
今年度、私の撮影したゲンジボタルの写真、「幻想の舞」が読売報道写真大賞に入賞となりましたが、その賞状、盾、賞品でありました。
思い返せば、今年度は大きな賞を二つも戴きました。
一つは日本カメラ財団のJCII創立50周年記念写真コンテストでの銅賞。
もう一つが読売報道写真大賞の入賞です。
仕事の合間に時間を見つけては思いつきで撮影に出かけるという中での受賞であり、感激も一入です。
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さて、報道写真といえば、様々な事象をどのように伝えていくのか、それが報道写真の永遠のテーマであります。
写真とは真実を写す手段であります。
もちろん、報道写真には合成や加工は許されませんから、余計真実を忠実に再現しているだろうと思われがちです。
しかし、特に、写真という手段は事象の一部分だけしか写し取ることが出来ません。
どこにテーマを持っていくか、どう切り取るかというところに写真を撮ることの醍醐味があるのですが、それゆえ撮影者の恣意的なものが入り込む余地もあります。
同じ事象でも、十人いれば十通りの表現のされ方が出てきてしまうのです。
(もちろん、そこが写真の面白さでありますが)
ということで、先ほど、写真とは真実を写す手段と書きましたが、撮影者がどのような条件下で、どのような事を伝えたくて写真を撮影したのか、それを読み取る力も必要になると思います。
例えば、
写真のワナ―ビジュアル・イメージの読み方
新藤 健一 (著)
という本があります。
この報道写真は本物か、写真を読みぬく力とは・・・・
など、とてもためになる本なので、ご紹介いたします。
このように情報を読み取り活用する能力を、メディアリテラシーといいます。
今後の重要なキーワードになると思います。
ホタルの写真についても、実際に眼で見るのと、写真で写ったものと、かなり違うんです。
下の写真はISO400で約3分の露光時間をとっています。
かなり明るい状況の中でホタルが光の筋を残して写っていますが、実際は真っ暗です。
真っ暗な状況で、ホタルたちが4秒間隔でチカチカと瞬きながら音も無く飛び交います。
その光の瞬きは、オスとメスのコミュニケーション手段ですから、あるときは間隔が短くなったり、一斉に光ったり、それはそれは幻想的な光景です。
ホタルの時期が近くなったら、またご案内いたしますので、是非、実際に見ていただくことをお薦めします。
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このように、川に沿ってホタルが飛び交う様子を、川成りホタルといいます。
クリックすると拡大します。
話しは戻りますが、今は平日は東京での職務、土日は檀務その他で、ゆっくり撮影に出かけることは暫らくできそうにありません。
大自然の中で、時間の流れを忘れてのんびりしたいと特に思う今日この頃・・・・
茶室・如是庵の前に植えられている椿です。
卜伴(ぼくはん)といい、また、月光とも呼ばれます。
椿の品種は3000種を越えると言われ、多くの方に親しまれています。
特に、卜伴は、茶花として生けられています。
ご覧のように、おしべが花びらに似た形になっていますが、このようなものを、冒頭に書いたとおり唐子咲や獅子咲といい、独特の重厚さを醸し出しています。
地球温暖化防止のための京都議定書が昨日、ようやく発効しました。
これにより、先進国に課された二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの削減目標は国際公約となり、法的拘束力が生じることになります。
■京都議定書とは
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1997年に京都で開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)で採択された温室効果ガス削減のための議定書のこと。温室効果ガスの排出量を先進国全体で2008年から2012年までに5.2%削減することが約束された。
2001年に米国のブッシュ政権が議定書に対して反対を表明し、存亡が危ぶまれたが、7月のCOP6再会会合で二酸化炭素の森林吸収分を認めるなどの修正案を日本を含む参加各国が受け入れて合意した。
【ポイント】
○先進国の温室効果ガス排出量について、法的拘束力のある数値目標を各国毎に設定。
○国際的に協調して、目標を達成するための仕組みを導入(排出量取引、クリーン開発メカニズム、共同実施など)
○途上国に対しては、数値目標などの新たな義務は導入せず。
○数値目標
対象ガス : 二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素、HFC、PFC、SF6
吸 収 源 : 森林等の吸収源による温室効果ガス吸収量を算入
基 準 年 : 1990年 (HFC、PFC、SF6 は、1995年としてもよい)
目標期間 : 2008年から2012年
目 標 : 各国毎の目標→日本△6%、米国△7%、EU△8%等。
先進国全体で少なくとも5%削減を目指す。
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京都議定書の概要より引用
ということで、日本に課せられた温室効果ガス排出量の削減目標は6%となります。
しかし、この実現は相当厳しいものがあります。
何故ならば、6%削減というのは、1990年に比べてということなのですが、実際に1990年から2003年に8%も増加してしまっているからです。
つまり、ノルマ達成には現状からの14%もの削減が必要になるわけです。
果たして目標達成はできるでしょうか。
温室効果ガスの代表は炭酸ガスですが、では私たちの一般家庭から、普段の生活でどれだけ発生させているのかを計算してみましょう。
毎月届く電気、ガス、石油などの伝票を用意して、次のフォームに入力してみてください。
http://teishoin.sakura.ne.jp/i/cgi-bin/estimation.cgi
思ったよりも多くの炭酸ガスを発生させていることにびっくりするのではないかと思います。
一人一人の環境に対する削減意識が必要でしょう。
貞昌院では、5.5KWの太陽光発電システムを運用しています。
京都議定書発行を前にして、テレビでも太陽光発電のCMがよく流れますね。
さらに、私が注目しているニュースは、ずばり、これです。
世界初のLPガス仕様家庭用燃料電池システムENEOS ECO LP-1を3月1日より商品化
まだまだ高価な燃料電池を採算度外視の年6万円で3年間貸し出すというものです。
数年後には太陽光発電+燃料電池システムが当たり前の世の中になるかもしれません。
インフルエンザの感染報告数が、2月に入ってから例年よりも遅れつつも急激に増えているみたいです。
インフルエンザの流行状況をここで見ることが出来ます
http://influenza.elan.ne.jp/map/index.php3?Signal=1
実は、私も1月半ば過ぎにインフルエンザ(B型)に感染してしまい、一週間ぐらい苦しみました。
朝夕の満員電車、職場などから感染してしまったようです。
■インフルエンザの主な症状は
・のどの痛み
・鼻がムズムズする
・水のような鼻水
・くしゃみや咳
まさに、初期症状はこれです。
特に、鼻の奥がムズムズし、何ともいえない嫌悪感がします。
そして、次の日から
・腰痛 ・38度以上の発熱
・頭痛、関節痛、筋肉痛などの全身症状
・のどや胸の痛み
・下痢や腹痛
特に、夜半から朝に掛けて40度近い熱が出て、午前中は少し下がるものの全身の筋肉痛で歩くのも辛い。本当に参りました。
インフルエンザは、風邪と違ってなめてかかってはいけません。
法律(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)で「五類感染症」に定められてることからも、その重大性が分かります。
ちなみに五類感染症とは
1類感染症 エボラ出血熱、ペスト、ラッサ熱、SARSなど
2類感染症 コレラ、細菌性赤痢、腸チフスなど
3類感染症 腸管出血性大腸菌感染症
4類感染症 黄熱、梅毒、後天性免疫不全症候群など
5類感染症 インフルエンザ
何やら恐ろしい名前の病名が並んでいますね。
インフルエンザはとにかく日常の予防と、少しでも初期症状が現れたら早急に治療するということが重要になります。
特に、感染から48時間という時間が重要で、タミフルなどは48時間以内に飲むと非常に効果があるのですが、時間が経過してから飲んでも意味がないようです。
結果的にインフルエンザは子供たちにもうつってしました。
ただ、子供たちは感染初期の段階で治療できたため、軽い症状で済んだことは幸いでした。
早い段階の処置をするかしないかで随分違うものです。
冒頭に述べたとおり、2月半ばからインフルエンザのピークを迎えるようです。
どうぞ、皆さんもご注意ください。
少しでも初期症状を感じたら、直ちに病院へ行きましょう。
■参考になるサイト
インフルエンザ情報サービス
インフルエンザ総合対策
日本航空協会主催の「航空スポーツ教室 スカイ・キッズ・プログラム」が先日永野小学校で行われ、Teishoin Todayでも熱気球の写真をご紹介しました。
![]()
貞昌院の山から撮影した熱気球です。クリックすると大きくなります。
この熱気球のイベントについて、港南区のサイトの中に、ひまわりトピックスとして詳細が記事して紹介されています。
県内でも初の開催 子ども達が大空に挑戦!!「航空スポーツ教室 スカイ・キッズ・プログラム」・永野小学校
最近は、こどもたちの理系の人気が低くなっているそうです。
少し残念ですが、こういうイベントを通して、興味をもってくれるといいですね。
当日は、小学校高学年対象だったようですが、かなり倍率が高く、なかなか乗れなかったようです。
追記1:
空を飛ぶという夢はだれにでもありますね。
蛇足ですが、私は大学の時に、琵琶湖で行われている「鳥人間コンテスト」に参加を目指すサークルに入っていました。
初出場したときは記録10m・・・・
しかし、一念発起して、翌年には3位入賞を果たしています。
追記2:
今日は2月15日。
お釈迦様が亡くなった(入滅された)日ですね。
先日、六曜の話しを書きましたが、文字通り仏滅の日でもあります。
お釈迦様の入滅については、こちらのブログで分かりやすく紹介されています。
http://blog.goo.ne.jp/tenjin95/d/20050215
貞昌院・駅側の墓地とと永谷天満宮の境のところに様々な種類の桜が植えられておりますが、穏やかな暖かさに誘われて、河津桜が咲き始めました。
これから、緋寒桜、ソメイヨシノ、ヤマザクラ、八重桜と、時期をずらしながら咲いていきます。
永谷天満宮は、菅原道真が祀られている日本三体の神社です。
折りしも受験シーズン真っ盛り。境内にはたくさんの合格祈願の絵馬が掲げられています。
平素の努力が報われて、多くの人にサクラサクの朗報が届くといいですね。
参考リンク 永谷天神と菅秀才
追記:本日午後、大阪府寝屋川市の中央小学校で少年による殺傷事件が起きてしまいました。
人を見たら、不審者と疑わなければならない世の中になってしまったのでしょうか。
亡くなられた教職員の方のご冥福をお祈りいたします。
現代社会はとにかく忙しく動いています。
忙しいということは、文字通り、「心を亡くす」ということ。
ということで、疲れきった心を癒してくれる「癒し」が一つのキーワードになっています。
(坐禅会とかも癒しの一つといえますね)
癒しスポットの代表として水族館が挙げられますが、横浜周辺にもいくつかの水族館があります。
近くに八景島シーパラダイスがありますので、家族で行って来ました。
(近くにありながら、2年ぶりです)
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やはり、水棲動物たちは私たちの心をなごませてくれますね。
人々の表情が自然にゆるんできます。
![]()
一枚目と最後の写真は、新しく出来た、ドルフィンファンタジーという新しく出来た水槽です。
キラキラと日の光が美しいですね。
大安、仏滅、友引などのことを六曜といいますが、六曜は特に冠婚葬祭に携わるものにとっては日取りをきめる重要な決め手として用いられてきました。
事実、仏滅の日の披露宴会場はバーゲン価格ですし、友引の日に多くの火葬場が休業しています。
けれども、本来、日取りの吉凶を表す六曜という迷信は、廃して然るべきであるという論議もあります。
例えば「友引」は、しばしば葬儀の日取りに関係して「友引の葬儀は友を引ぐ」から縁起が悪いといわれますが、もともと語源を辿ると「留連」「流連」と称されていたものが、後に発音の近似な「友引」へと変化したものに過ぎません。
昨日、このような新聞記事がありました。
六曜記載、人権配慮欠く 大津市が手帳全面回収
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050211-00000079-kyodo-soci
良い機会なので、六曜について考えて見ましょう。
六曜については、SOTO禅インターナショナルの会議でもたびたび論議され、その成果が会報21号に掲載されています。
そこに、六曜の成立ちの記述がありますので、引用します
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六曜の起源は中国宋時代の六壬時課と称する時刻の吉凶占いに求められ、これは入学・求師・任官・赴任等の吉凶に関する迷信であるとされています。
毎日を機械的に小吉・空亡・大安・留連・速書・赤口の日として充当していき、これを参考にして一日の行動を律していくものでありました。
六曜は順番通りに毎日に充当されますが、月ごとに仕切り直しされ、今日でも太陰暦の毎朔日には次のように各月によって決められた六曜が充てられています。
正月朔日・七月朔日 ・・・先勝
二月朔日・八月朔日 ・・・友引
三月朔日・九月朔日 ・・・先負
四月朔日・十月朔日 ・・・仏滅
五月朔日・十一月朔日・・・大安
六月朔日・十二月朔日・・・赤口
ただし上記の名称と順番は、現行のものであり、日本に六曜が鎌倉時代末に伝来して以来、時代を経てその名称も順番も次のように変化しているのです。
鎌倉・室町期 大安・留連・速書・赤口・小吉・空亡
江戸中期 泰安・流連・則吉・赤口・周吉・虚亡
江戸末期 先勝・友引・先負・物威・大安・赤口
現在 先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口
---------------------------------引用ここまで
意外なことに、六曜の割付については、科学的な根拠にもどづいています。
分かりやすく説明すると、旧暦は月の満ち欠けによりますし、六曜はその旧暦の月日によって決定されます。
1月と7月は1日が先勝で始まり、2日以降、友引→先負→仏滅→大安→赤口となります。
2月と8月は友引から。3月と9月は先負から・・・・・
つまり、次のような法則に基づいています。
旧暦(月+日)を6で割った余りが、赤口は1、先勝は2、友引は3、先負は4、仏滅は5、大安は0。 どうです、実に明確な法則だと思いませんか?
あまりにも明確な法則なので、以前プログラムを組んだものがあります。宜しければ遊んでみてください。
http://teishoin.sakura.ne.jp/i/rokuyou/
さて、このように考えると、六曜は、いわゆる六壬時課とか陰陽道というよりは、むしろ日、月、火・・・の七曜と同様に、日の並びに名前をつけて、ただ並べたけと考えるのが妥当でしょう。
そこに、語呂合わせの言葉遊びが加わって、
先勝 万事 あさよりひるまでにすればさわりなし ひるすぎより日暮まではわるし
友引 うまのときわろし 此日 そうれいいたすべからず 大にいむべし
先負 万事あさよりひる迄わるし ひるすぎより日ぐれまでさわりなし
仏滅 悪日なり よろずもちゆべからず
大安 大吉日なり なにごともよろずよし
赤口 此日もあく日也 よろずいむべし ただし うまのとき一ときさわりなし
このような意味づけが為されました。
人々を惑わしたり、社会に実害をもたらすのであれば廃さなくてはなりませんが、六曜の問題点を、その成り立ちから考えるに、六曜そのものが問題なのではなく、その語呂合わせにより、後付で妙な意味づけをしてしまう部分にあるといえます。
伝統的な英知を探ることなくして短絡的に「迷信だ」「適切でない」と見徹すことば、あまりにも乱暴すぎますね。
興味のある方は、日、月、火・・・の七曜の歴史についても調べてみるとよいでしょう。
あざやかな黄色の花が開きました。
福寿草は太陽の光を受けて花びらが開いていきますが、拡大してよく見てみると、虫を呼び寄せて交配を促すために、花びらがパラボラ状になっており、陽の光が反射して蕊(しべ)に集中するようになっています。
虫たちは陽だまりを好むため、遠くからでも目立つ福寿草の花に寄って来るわけです。
自然の仕組みはよく出来ていますね。
SOTO禅インターナショナルという組織があります。
http://www.soto-zen.net
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SOTO禅インターナショナル(SZI)は海外布教経験者有志の呼びかけによって、1993年2月に発足いたしました。
両本山と宗務庁から協賛をいただき、会員の皆様と共にボランテイア・スタッフが運営する曹洞宗の海外布教、及び曹洞禅の国際交流を推進する団体です。
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SZIの総会が開催され、私が事務局長を拝命することとなりました。
重責ではありますが、福島新会長を中心に、役員のみなさんと共に会の運営を進めていきたいと思います。
記念講演会では、、國學院大學神道文化学部教授・井上順孝先生をお迎えして、「情報化社会における宗教意識のハイパー化」と題しまして、宗教の相互影響と変容について講演をいただきました。
引続き行われた懇親会では、中国琵琶演奏の若手女流奏者・邵容(シャオ・ロン)さんに演奏をいただきました。
シャオ・ロンさんの公式サイト
【演奏いただいた曲目】
1.蘇州夜曲(西条八十・詩、服部良一・曲、渡辺はま子、霧島昇・歌)
2.十面埋伏(じゅうめんまいふく、古典曲、曹安和・編曲)
3.春江花月夜(朱潤福・編曲)
4.花(喜納昌吉・曲、詩)
5.見上げてごらん夜の星を(永六輔・詩、いずみたく・作曲)
6.夜来香(佐伯孝夫・詩、黎錦元・詩曲、歌・山口淑子)
詳細は、SZI会報にてお知らせする予定です。
国土交通省で国土画像情報(カラー空中写真)を公開しています。
http://w3land.mlit.go.jp/cgi-bin/WebGIS2/WF_AirTop.cgi?DT=n&IT=p
どのようなものかというと、
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● 国土画像情報(カラー空中写真)について
国土情報(国土数値情報、国土画像情報)は、我が国の国土の状況を把握し、全国総合開発計画、国土利用計画などの国土計画の策定や実施の支援に資するため、国土交通省国土計画局で整備しているものです。
そのうち、「国土画像情報(カラー空中写真)」は、昭和49年度から平成2年度にかけて、国土の全域で延べ約40万枚の写真を整備したものです(撮影は国土地理院)。撮影縮尺は1/8,000から1/15,000です。
ここ「国土情報ウェブマッピングシステム(試作版)」では、この国土画像情報(カラー空中写真)をブラウザで簡単に検索・閲覧することができます。カラー空中写真の画像は400dpi、100dpi、50dpiの3種類をJPEG形式で提供しています。
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ということで、ほぼ日本全土をカバーする膨大な航空写真が公開されているわけです。
試しに、貞昌院のある横浜市港南区上永谷付近の国土画像情報を見てみましょう。
昭和53年
http://w3land.mlit.go.jp/Air/photo400/77/ckt-77-1/c10/ckt-77-1_c10_41.jpg
昭和58年
http://w3land.mlit.go.jp/Air/photo400/83/ckt-83-3/c9b/ckt-83-3_c9b_12.jpg
昭和63年
http://w3land.mlit.go.jp/Air/photo400/88/ckt-88-2/c8/ckt-88-2_c8_25.jpg
市営地下鉄上永谷駅が開業してから、丸山台の開発、そして環状2号線の開通に向けての劇的な街の変化が見て取れます。
貞昌院の客間にも、貞昌院で撮影してきた上永谷の航空写真が展示してあります。
http://teishoin.sakura.ne.jp/sekibutu/history.html
街は常に変化し続けています。
このような記録を残していくことは、とても大切なことであります。
インターネットを通して、このような情報が簡単に手に入るということも、情報化社会ならではだと思います。
時間のあるときにゆっくりと、日本各地の航空写真を眺めてみてはいかがでしょう。
Weblogのトラックバック機能について、なかなか最初は概念がつかめないのですが、参考になる記事を見つけました。
うまく使えばとても便利な機能ですが,その分、よく理解して使う必要がありそうですね。
キンポウゲ科フクジュソウ属の多年草。
寒い日が続いたため、2月半ば近くなって、ようやくつぼみが出てきました。
晴天の日が続けば、一気に花開くことでしょう。
福寿草は春一番新年を祝う花として喜ばれ、別名ガンジツソウ(元日草),北国ではマンサクと呼ぶこともあり、 福を招く、縁起の良い花として喜ばれ、福寿草と呼ばれるようになりました。
貞昌院檀家さんのキャシーさんが新ユニットを組んで活動を始めました。
メジャーデビュー目指してがんばっています。
★BASS キャシーの新ユニット
「一期一会」活動中!
問合せ: funaking@t.vodafone.ne.jp
http://www.takomasaru.net/CANDY/index.shtml
一期一会とは、一生に一度限りの機会。
一期一会の語源・由来
一期一会の語源は、「茶会に臨む際は、その機会を一生に一度のものと心得て、主客ともに互いに誠意を尽くせ」といった、茶会の心得からである。
利休の弟子「宗ニ」の『山上宗ニ記』には、「一期に一度の会」とある。
「一期」と「一会」をそれぞれ辿ると、「一期」は仏教用語で人が生まれてから死ぬまでの間を意味し、「一会」は主に法要などでひとつの集まりや会合を意味しており、仏教とも関係の深い言葉である。